
| 4 そして、冬休み。 毎日のように海昊さんの家に通ってた俺らの前に、ひとりの女の子が現れた。 「飛龍 冥旻ゆいます。どうぞ、よろしゅう。」 12月23日の夕方だった。 穏やかな関西弁。一本に結った長い髪、二重の大きな目。華奢な体型。 妹や。と、いって海昊さんは、その女の子を紹介した。 今日は何やら忙しそうにしていた海昊さん。 滄さん家の中で、一部屋を借りていた形の海昊さんの部屋は、ガランとしていた。 部屋の中の物をまとめているようだ。 そして、海昊さんは、次に驚くべきことを口にした。 「で、引っ越しをな、しよ思うてんねんか。」 「え―――!!」 思わず大声をあげてしまった。 ちょっと待って下さいよ。引っ越しって。 「すまん、すまん、そんな驚かんといて。ここからすぐ近くや。」 あ……。 なんだぁ。と、思い切り溜息。海昊さんに優しく笑われた。 滄さんも、そりゃ驚くよな。と、笑って、今から行くよ。 と、これから新居へと案内してくれるようだ。 海昊さんの後ろに冥旻さん。それぞれバイクで、向かった。 鎌倉駅からすぐのアパート。本当に滄さん家からすぐだった。 2階建ての全6戸。その2階の角部屋、2DK。 外階段で上ることができる。 周りはのどかな農道が海へと伸びていて、とても静かだった。 「はい、どうぞ。」 引っ越し先の家で、冥旻さんは、片付け終えたキッチンでコーヒーを淹れてくれた。 斗尋さん、あさざさん、白紫さんは、先に新居にいた。 女性陣は、キッチンで片付けをしていたようだ。 玄関を入ってすぐの右手。ダイニングキッチンのテーブルに座った。 ダイニングキッチンと引き戸でつながる左手、南側に一部屋。その右手にももう一部屋。 日当たりも、見晴らしも良い家だった。 海昊さんは、滄さんにずっと迷惑かけるわけにはいかない。と、常々言っていた。 だから一人暮らしをするための資金をバイトで稼ぎ、引っ越し先の家を探していたらしい。 去年の夏から滄さん家に居候をしていた海昊さん。 生活基盤が整ったら、妹の冥旻さんを迎えに行く約束だったようだ。 そして、今年の冬。約束を果たすべく冥旻さんを神奈川に呼んだ。 冥旻さんは、冬休み明けから私立K女子学園中等部に転校するとのことだ。 K女の高等部は、あさざさんと白紫さんが在籍中。中等部は、母校。 だから、おさがり。だろう。鴨居にK女の制服が掛けてあった。 とはいえ……。と、俺は海昊さんを見る。 家を借りること、転校すること。諸々、中坊だけでできる話では、ない。 「えっと……坡、轍生。驚かんで聞いてくれはる?」 俺の心の声が届いたかのように、海昊さんは話してくれた。 大阪の実家。 飛龍家は、いわずと知れた極道一家。だ。と、いう。 海昊さんのお父さんは、2代目総統。二人兄妹の海昊さん。 つまり……海昊さんは、跡継ぎ。 「ワイ、普通に暮らしたかったんや。いつも周りはワイにへりくだりおって、学コもいかんでええいわれとった。ただ、飛龍組に生まれただけやのに。特別扱いゆうか……そうゆうのものすご、嫌でな。ホンマは普通に学コもいって、友達とも遊びたかったんや。せやけど、学コの子らや、地域の皆は、ワイの肩書しかようみてくれん。ワイは、ヤクザの子。やってな。」 海昊さんは悲しそうな顔をした。 俺は、単純に、海昊さんらしい。と、思った。 俺が、もしそんな境遇に生まれ育ったら、すげぇ傲慢で高飛車な性格だっただろう。 昔の俺なら。……いや、今の俺でも。 自分を持ち上げる、たくさんの大人たち。 畏怖と尊敬。と、勘違いしてしまう、周りのまなざし。 自分がさも偉いかのように、振舞ってしまう。俺なら、きっと。 「……せやけど、結局は逃げてきたんや。逃げたかったや。」 「そんなこと、ないとお、思います!」 俺は思わず言っていた。 だって、だって逃げる。なんて、ありえない。 わからないけど、きっと、何か事情があったんだ。 海昊さんが、逃げるなんて、ありえない。 それに、引っ越しだって転校だって、お父さんは承知の上だという。 お父さんも認めてくれている。なら、なおさら。 逃げたなんて。そんなこと、ない。 海昊さんは、いつのもはにかむ笑顔でおおきに。と、俺に言った。 でも。と、眉をしかめる。 いつか、迷惑かけてしまうかも。と、女性陣に断って、ワイシャツの肩をずらした。 そういえば。と、俺は唐突に思い出す。 真夏でも、海昊さんは学ランを脱がなかった。 そのワケ。 「……家紋のようなモンなんや。」 すげぇ。思わずあんぐりする。 海昊さんの背中に大きな蒼い龍。昇り龍の入れ墨があったのだ。 その横にNeptune。海の守護神、海王星。と彫られていて、異名。らしい。 つーか、かっけぇ。 「迷惑なんかじゃねーって、いったろ。」 滄さんは、言った。 俺らも大きくうなづいた。海昊さんだからこそ、迷惑なんかじゃない。 むしろ、力になりたい。俺らができることがあるのなら、全力で。 「正直、驚きました。でも。海昊さんは、海昊さんです!そんなんで、俺の海昊さんに対する気持ちは変わりません。俺は、肩書きなんか、知ってても、知らなくても。海昊さん慕ってます。 だから全然迷惑なんかじゃないっス!」 「そうですよ。力になりたいっス。」 俺と轍生は、言葉に力をこめて言った。 海昊さんは、左エクボをへこまして、また、礼を言った。 海昊さんは、本当に、謙虚な人。温厚で、誰に対しても優しい人。 家柄が、世間でいう反社会的勢力だったとしても、そんなの、関係ない。 皆も絶対、そう思ってる。 「皆さん、おおきに。うちも嬉しいわ。」 冥旻さんが少し涙ぐんで言った。あさざさんと白紫さんが優しく背中をさする。 俺には到底想像もつかないけど、多分、この二人は色々な想いをしてきたんだ。 辛いこと、悲しいこと。きっとたくさんあったんだ。 でも、そんなの微塵も感じさせない、むしろ、前向きに進もうという気概を感じた。 「皆さん!お願いがあんねんか。」 冥旻さんが、元気よく挙手した。 可愛い。お願い。何だろ。 「うち、関東弁しゃべりたいねん。教えてください!」 冥旻さんのお願いに皆が大きく頷いた。 あさざさんが、任せなさい。と、胸をたたいて、滄さんに止められた。 「やめとけ。口がわるい関東弁になる。」 「何よ。」 「本当のことだろ。」 また、始まった。滄さんとあさざさんの夫婦ケンカ。 今日だけでも何回目だろう。数えるのも大変だ。 でも、それが日常で、笑いに包まれていて、平和なのだ。 冥旻さんも皆、大笑いした。 そして、12月25日。 「やっぱ、ええなぁ。波の音。」 海昊さんと、俺と轍生。滄さんたちも皆、江ノ島の浜辺にいた。 初めて、海昊さんが、神奈川県に来た時に訪れた大切な場所。 これからも、BADにとっても。 そして、BLUESの皆にとっても。 「ここは、優しくワイを受け入れてくれはった。」 感傷に浸る海昊さんの横顔。穏やかで威厳さえのぞく。やっぱ、かっけぇ。 ほどなくして、バイク音。夜の海を照らす、ヘッドライト。多数。 「坡、轍生。」 一人の少年が来た。俺らは海昊さんに呼ばれて紹介された。 流蓍 薪。あさざさんの弟で、青紫の親友。あの場にいた、少年だった。 金髪に脱色したくせ毛。鋭い一重の目。不遜な態度。 強かに俺らを睨んできた。 ムカッ。 んだ、こいつ。 事情は少しは理解できる。でも、こいつの態度はいただけない。 海昊さんは、相変わらず全てを許容する笑顔。 しかたねぇ。海昊さんに免じて。と、俺は自制した。 昔の俺なら、とっくに殴っている。 「乾杯。……いや、献杯。しよな。」 ……。 ジュースを手渡そうとした海昊さんに、アルコールくらい飲める。と、薪。 ガキ扱いすんな。と、睨んだ。 こいつ。海昊さんに何て口の聞き方すんだ。 俺は一瞬一歩踏み出した。轍生も。 しかし、海昊さんは、缶ビールを薪に手渡した。 薪は、一瞬躊躇して、缶ビールをひったくるように引き寄せた。 ありがと。小さくぼそっとした声で、海昊さんの目を見ずに言った。 海昊さんが微笑む。 ここ最近、海昊さんが、野暮用。と、出かけていたのを思い出す。 きっと、こいつを気にかけて、会いに行っていたんだ。 青紫を失った薪の心情を察する。 あの時。BLUESを更生しろ。と、如樹さんは、こいつに言ったらしい。 きっと、その手助けを海昊さんはしてたんだ。 BLUESの奴らが薪の前に集まってきた。 瀬喃 麟杞―――BLUESの特隊。背が高い。中3。が口火をきった。 「BLUESの頭になってください!薪さん!!」 他の奴らも皆、頭を下げた。 虞刺や遍詈が間違っていると解っていても、なにも出来なかった。と、麟杞は言った。 報復が恐ろしくて従った。誰も、歯向かえなかった。 唯一、薪と青紫だけが、捨て身で虞刺と遍詈に抵抗したという。 そして、あの事件が起きた。 BLUESの奴らは謝罪した。 「俺たちに、力を貸してください。」 薪は、不遜な態度こそ崩さなかったが、海昊さんを見た。 小さくて何と言ったのか聞こえなかったけど、承諾したようだ。 BLUESの皆歓喜した。 滄さんがそれを見て、声を張った。 「今日から俺ら、BADとBLUESは仲間だ。二度と抗争なんて、起こさない。そうだろ?」 「おー!」 皆の声、こだました。 「乾杯。そして、青紫に、献杯!!」 缶と缶がぶつかる音が、波の音とシンクロした。 平成3年。 俺たちにとって、とても意味のある今年のクリスマスは、綺麗な月夜だった。 まるで、如樹さんが微笑んでいるかのようだった―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |